2011年05月26日

DJ Hilti / 68ers Society E.P.

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DJ HILTI - 68ers Society EP
フレンチJUKE勢の中では早期からシカゴテイストのゲットースタイルを取り入れていた
DJ Hiltiによる最新JUKEサウンド。ネタのフィルター使いと奥行きのあるサラウンドが何ともフレンチ。
音楽Download by B.YRSLF division  

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68ers Society Remixes EP 
そのリミックスバージョン。
CEDAA remixやDISTAL remixはJUKEビートはそのままに、音響DUBやエレクトロニカ的要素高いディープなサウンドをやっている。フランスは次のステップへ着実に駒を進めている。
DJ ROCのサンプリングエディットもフロアチューンとして◎
音楽Download by B.YRSLF division 


DJ Hiltiに関する記事はこちら
【特集】Ghettotech&JUKE TOP5 in2010. by:DJ HILTI(FRA) (2011.2.3)



(文:D.J.Fulltono)
Next gig: 2011.5.28.[NODEギグ!!!!]at 千日前味園ビル2Fマニラ info
 


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2011年05月19日

【連載】シカゴオールドスクール#04"Fast Eddie(後編)"

【連載】シカゴオールドスクール#04
"Fast Eddie(後編)"

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Fast Eddie

ヒップハウスの起源は1984年、ロンハーディーがアレンジを手がけた
52nd Street "Can't Afford"のB面にさかのぼる。
しかしそれはラップ入りのハウスであり、ヒップハウスとは違うとファーストエディは言う。

"Hip-house is a new style that I created all around the world they're devastated by the hip, which is short for hip-hop and by the house, which is rising to the top."
「ヒップハウスは俺が作った、まったく新しいスタイル。ヒップとハウス、足元からてっぺんまで世界中がイチコロさ。」
(Fast Eddie - YoYoGetFunky)

たいていのヒップハウスはこんな具合に「ヒップハウスは新しいよ~」とか
そんなことしか言っていない。そのかわり、トラックが強烈なのだ。

"ヒップハウスのラッパーはスキルを磨いたり、賢いことを言う必要はない。
客を躍らせることが最優先で、あくまでトラックが中心だから。
だから多くのヒップハウスのラッパーは広告や飾りに過ぎない。"
http://fourfour.typepad.com/fourfour/2005/11/diddy_really.html

このメッセージ性のなさがヒップホップとの大きな違いであり
ラップ入りハウスとヒップハウスの違いではないかと思う。

この軽~いノリではじめた彼は1990年、ギャングスタラップに
方向を転換し、"Make Some Noise”をリリースする。サイレンが鳴り響き
アシッドとラップで展開するこの曲は、雰囲気が今までと違っていた。
 
 


1991年 ヒップハウスはレイヴミュージックの台頭とともに古いスタイルになってしまい、彼の人気も衰えていった。
アルバムとしては最後の「Straight Jackin'」をリリース。
皮肉にもデビュー当時のような楽しい音作りの曲が多く、アルバムとしては最高傑作だと思う。
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1992年 リリースが止まり1年。突如「Bak On Da Scene」リリース。
ハードコアのスピードについていく高速ラップでまだまだキレる!いける!わいや!わいはシーンに戻ってきたでえ!
 

1993年 UC(UNDERGROUND CONSTRUCTION)から
「No Vocals Necessary Volume 1 」リリース。
このタイトルは俺もうラップは卒業だ!という意思の表れか。
しかし、残念ながらVol.2が出ることはなかったのだった。


彼を支えてきたD.J.Internationalもついにこの年、店じまいしてしまう。

1994年 ダンスマニア、リリーフなどシカゴの次世代が盛り上がりを見せ
レジェンドである彼に目が向けられた。DJ FUNKとDJ SNEAKが曲を提供、
久しぶりに切れのあるラップを披露した。
 
(DJ Sneak"Booty Call")


 
(DJ FUNK "Pump It")


1998年 イタリアのDJ Morellaが彼に注目、Heaven17の名曲"Let Me Go"
をベースにラップしてもらうというオファーが来る。ヨーロッパでヒット。

2003年 DJ Jesとともに2枚組「Break The Silence」で復活宣言。しかし…


2009年 UKブレイクスシーンで有名なDJ FRIENDLYのプロデュースで
「It's The Weekend」発売。バッチリハマって衰え知らず!
 


2010年 Robbie Riveraプロデュース「Sip My Drink」発売。
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ジャケットのピントは彼に合っていて、プロデューサーは半笑いで
後ろから見ている。あの人は今的起用なのかもしれないが、リスペクト
が感じられるPVも作成された。ひさびさに見た彼の姿は太ってはいるが
ラップのキレはあの頃と全く変わっていない。もはや完全復活である。
 
 



2011年 「Believe 'N Sex」発売。今現在、エレクトロディスコな原曲では
なく、未発売の新バージョンがYoutubeで聴ける(18禁)
彼によれば、このゲットーテックバージョンはまもなく発売だという。
「やりたいぜー!イエー!」しか言ってない、最高のBootytuneだ。




現在、彼はTwitterを @DjFasteddie の名でやっている。
日本とは使い方が違うのか、リツイートとフォロー増やそう組合の
ツイートばかりなのだが、レジェンドの近況がわかる貴重な場所だ。

また、http://djfasteddie.com/ ではトップに写真があり
1994年までのヒット曲が書かれている。ここ最近の曲は全盛期に迫る
勢いがあるので、もう一度、世界にヒップハウスを響かせて欲しい。


文: MAESAKA
GIG・・・2011/5/22 [DEAD DISCO CLUB vol.3] at METRO(Kyoto)




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2011年05月10日

【連載】シカゴオールドスクール#03"Fast Eddie(前編)"

【連載】シカゴオールドスクール #03
"Fast Eddie" (前編)

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Fast Eddie 【Edwin A. Smith】

いわずと知れたヒップハウスのレジェンド。1986年、彼はシカゴのラジオWGCIやWBMXでキャリアを開始する。
在籍中、Kenny Jammin Jasonと競作した"Can U Dance"はPOPなダンス
チューンで、日本でもディスコを中心にヒットした。


1988年にはラジオをやめ、名曲"Acid Thunder"をリリース。
この時代TB-303の安易な垂れ流しが多い中、シングルバージョンは
歌入りで曲としても成立させ、303をベースと上モノの二通りで使っている。
流行をうまく自分のものにする、この距離のとり方がすばらしい。


"Acid Thunder" (1988) 


さて、いよいよ彼の代名詞「ヒップハウス」期にはいる。
1988年、"YoYoGetFunky"リリース。

定番ブレイクLyn Collins "Think"を4つ打ちのビートに落とし込み
ハウスのBPMでラップし、バンバータの声ネタをふりかける。
この単純だが新しいサウンドはアメリカ、フランス、スペイン、イギリス
ドイツ、オランダのレーベルに次々とライセンスされた。


"Yo Yo Get Funky" (1988)


※よく聴くとThink以外にも鈴の音を鳴らし続け、常にハイが埋まっている。
 鈴の音といえば、日本では大滝詠一さんの特意な手法。
 そう、ファーストエディーはナイアガラサウンドである!(泥酔)
 
A面で恋をして - ナイアガラトライアングル Vol.2



1988~1990年、売れに売れた彼の様子を見てみよう。

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1988年発売のデビューアルバム。まだ朴訥な好青年といった感じだ。
何せこのときは名前が"FAST☆EDDIE"である。

ジャケット裏面もアイドルさながら!

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「俺の名前だって?」
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「いいかい?忘れちゃダメだぜ」
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「ふぁ~すと☆えでぃって言うんだ!」




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1989年にはセカンドアルバム"MOST WANTED"発売。
ぐっとイカつく、当時のラッパーらしいスタイルになっている。


この頃の貴重なテレビライブも見てみよう。



自分の名前入りセットアップに金のチェーンネックレス、しぶい!



しかし・・・
世界中でヒットしたヒップハウスは、1991年には廃れてしまった。

この後、彼はどうしていたのか、何をしていたのか…(後編につづく)




文:MAESAKA 
DJ予定: 2011/5/22 "DEAD DISCO CLUB vol.3" at clubMETRO info



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2011年05月02日

来日2人キャンセルもMoveltraxxジャパンツアー決行

フランスのBIG DOPE PとシカゴのDJ RASHADを招く予定であったMoveltrax Japantour。
来日予定であったゲスト2人がそれぞれの理由によりキャンセルとなった。
しかしパーティー+Dommuneは、2人を除いたメンバーで予定どおり行われる。
残念な結果となったが、日本のゲットーテック&BASSミュージックDJが一同に揃う日本初の試みになるので、当ブログをご愛好の皆さんはそれぞれお近くの都市で開催されるパーティーに足を運ぶべき!

Booty Music Japanは[Moveltrax Japan tour]を応援します。


5月2日大阪 clubNOON※19時スタート
料金変更 →1500yen(1D)均一。
次項有詳細

5月3日東京 clubModule
パーティーは入場料金を "1500yen(with flyer) / 2000yen(door)" に変更。
尚、イープラスにて前売券をご購入された場合のチケット払戻しにつきましてはこちらをご参照ください。
次項有詳細 

5月4日 [Dommune] on USTREAM
Big Dope Pが空港で倒れ救急搬送!来日中止!"でもやるんだよ!"
■19時~「JUKE解体新書」
■21時~「Moveltraxx Japan Tour Special"JUKE The Boxx!」
観覧予約は→http://p.tl/XbGM 
次項有詳細 

5月6日名古屋 clubMAGO
予定どおり開催
次項有詳細


以下、今回のツアー主催の[Goodweather]より (5月2日現在Twitterにてコメント)

何も情報が得られないままで私もとても不安でしたが、公式として発表いたします。
今回Moveltraxx Japan Tour においては、Big Dope P,DJ rashadの来日を楽しみにしてくれた方、共に新たな歴史の立会人をしてくれる協力者、そして各都市のオーガナイザー、DJ,MC各位、そしてDommuneにも大きな期待を頂いておりましたが、本日、Big Dope Pは日本へ向かう途中の乗り継ぎ先で倒れ、救急搬送されました。
いまだ詳しい情報が何もはいってこないのですが、Moveltraxxよりメッセージを頂きました。

『今回、Moveltraxx Japan Tourを誰よりも楽しみにしていたBig Dope Pですが、乗り継ぎ先の空港で倒れ救急搬送されています。このような不慮の事故で楽しみにして頂いてた日本のファンや、このサウンドを盛り上げて支えてくれているオーガナイザー、DJ、プレイヤーに
残念な思いをさせてしまい、moveltraxx、WeSCとして申し訳なく思っています。しかし、最も辛く今不安と闘っているBDPのリカバリーを皆様の祈りで支えてくだされば幸いです. かならず復活してかならず日本にいきたいと願っています。 Moveltraxx』

ドタキャンとしか言いようの無い状況であり、大変私としても心苦しいのですが今の状況をお知らせします。そして今回のツアーは続行します、この状況を理解し、「それでもやるんだ!」と言っていただけた各都市のオーガナイザー、DJそしてDommuneに感謝いたします。 





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